食洗機を買った夜、夫が静かに泣いた話
—— 工事不要のタンク式が、わが家の沈黙を変えた30分
連載エッセイ第二話。1年悩んで、ついに食洗機を買った夜のこと。夫が泣いた理由と、夜の30分が「もう一杯のコーヒー」に変わった話。
1年、悩んでいた話から始める
第一話で書いた通り、私は自動調理鍋を3台買って、夜の調理時間を取り戻した。 けれど、夕食後の 「片付け30分」 だけは、どうしても残っていた。
食洗機を買おうかどうか、1年近く悩んでいた。
悩みの理由は、お金じゃなかった。10万円なら、まあ、出せる。 悩みの理由は、夫だった。
夫は「自分で洗えるから、買わなくていい」と言い続けていた。 正確には「俺が洗うから、いらないでしょ」と言っていた。
それは確かに、その通りだった。 夫は、夕食後、毎日ちゃんとシンクに立った。 私が見ている限りでは、夫は不満を言ったことがない。
ある夜の、3秒の沈黙
決定打は、ある夜の3秒の沈黙だった。
私が娘の宿題を見ていて、夫が一人でシンクに立っていた。 娘が「お父さん、明日のお弁当のこと聞きたい」と言ったので、私は声をかけた。
「お父さん、ちょっと来れる?」
シンクから返事がなかった。
3秒、沈黙があった。 「ちょっと、待って」と、夫が答えた。
その「ちょっと」が、いつもより0.3秒くらい長かった。
私は、その夜、夫に聞いた。
「食洗機、買おうかな」
夫は、しばらく黙ってから、「うん」と言った。 それだけだった。
注文した日、何も話さなかった
翌週末、私は タンク式食洗機を注文した。 工事不要、賃貸でも置ける、3〜4人分対応。 シロカの SS-MA251、5万円台のもの。
夫には事後報告した。 夫は「分かった」と言って、それ以上、何も話さなかった。 夫はそういうタイプなので、それが普通だった。
届いた日、設置に1時間かかった
土曜日の朝、食洗機が届いた。
夫と二人で開封して、給水ホースを蛇口に取り付けた。 タンク式だから、本来は給水ホースは不要なんだけど、シロカの SS-MA251 は分岐水栓と給水タンクの両方が使える モデルだった。とりあえず両方つけてみた。
設置に、1時間かかった。 途中で説明書を3回読み直した。 夫は「マニュアル、もうちょっと丁寧に書いてくれよ」と一回だけ独り言を言った。
夕食後、初めての稼働。 食器を入れて、洗剤を入れて、ボタンを押した。
ゴゴゴ、と動き出した。
その夜、夫が泣いた
その夜、夫が泣いた。 正確には、目元が、ちょっと、濡れていた。
私は、見なかったふりをした。 夫はそれを誰かに見られたくないタイプなので、見なかったふりをするのが、夫婦のやり方だった。
夫は、ソファでビールを飲んでいた。 食洗機が動いている音が、キッチンから聞こえていた。
私はリビングに入って、夫の隣に座った。 何も言わずに、自分のためのお茶を淹れた。
しばらく、二人とも、無言だった。
夫が、ぽつりと言った。
「俺、毎日、食器を洗うのが、結構、しんどかったみたい」
「うん」
「言わなかったけど」
「うん」
「ありがとう」
私は、何も答えなかった。 答えるかわりに、お茶のおかわりを淹れて、夫のビールに少し近づけて置いた。
「夜の30分」が、「もう一杯のコーヒー」に変わった
それから、わが家の夜は変わった。
食洗機が稼働している30分、夫婦の手は両方とも空いている。 夫はソファでビールを飲み、私はソファでお茶を飲む。
最初の数日は、何もせず、ただぼーっとしていた。 お互い、手を動かさなくていい時間に、戸惑っていた。
1週間目から、私は娘の話を聞き始めた。 娘は、学校のこと、友達のこと、好きな漫画のこと、いろいろ話した。 夫は、それを横で聞いていた。
2週間目から、夫が娘に話しかけ始めた。 「最近、宿題、何やってるの?」 娘は嬉しそうに答えた。
3週間目には、私たちは 「夜のもう一杯」 という習慣を持つようになった。 食洗機が動いている間、リビングでお茶か、ビールか、コーヒーを、もう一杯飲む。 何かを話す日もあれば、ただぼーっとする日もあった。
食洗機が変えたのは、片付けじゃなかった
食洗機を買って気づいたのは、変わったのは「片付け」じゃなかったということだった。
変わったのは、夫婦の沈黙の質だった。
それまでの私たちの夕食後は、私が娘を見ていて、夫がシンクに立っていた。 別々の場所で、別々の家事をしていた。 それが「夫婦が同じ屋根の下にいる」という形だった。
食洗機が来た夜から、私たちは同じソファで、何もしない時間を持つようになった。 それが、夫婦の 「会話の前段階」 として機能していた。
家事は、減った。 でも、それ以上に 「家事をしないでいい時間」 が増えた。
1年使って、買って良かったか
買って1年経つ。
正直に書くと、食洗機の運用には、地味に面倒な部分もある。
- 毎食ごとに食器の予洗いはした方がいい
- 給水タンクに水を入れる手間(タンク式なので)
- 洗剤の補充
- フライパンや大きい鍋は手洗いが必要
- 月1回の庫内クリーニング
「家事ゼロ」になるわけではない。 ただ、「家事の総量が、3割くらい減って、夫婦の時間が3割くらい増えた」感じ。
それで十分、買って良かった。
第三話の予告(執筆中)
次の話は、「ホームベーカリーを押入れに入れた朝のこと」 にする予定。 うちは、ホームベーカリーは続かなかった。 3ヶ月で、押入れの上段にしまった。 その失敗の理由を、書こうと思う。
家電は、買ったら必ず暮らしを変えるわけじゃない。 合わなかった時の話も、ちゃんと書きたい。
—— 第二話、ここまで。
もし家電のスペックが気になったら、別系統で タンク式食洗機の比較レポート も用意しています。 夜の30分の使い方を変えたくなったら、ぜひそちらも。